Think Real

リアルに考えよう

追いつき,追い抜かれたら,どうするか?

本日(1月13日)の朝日朝刊一面トップ記事:「夜をさまよう『マクド難民』 非正規の職まで失う」。この種の記事をここ数年,よく目にする。おそらく中高生や,その父母は,将来の進路,進学先を考えるときに,このように報道される社会状況に,意識的ないし無意識的に影響を受けてしまうであろう。記事の中で,パナソニックやシャープの工場でかつて働いて,とても働けない,仕事を切られた,という話が意見が紹介される。日本が得意だった電機製造業の不振が今日の状況を招いている状況を背景としている。どうしたらこの状況を根本的に改善できるのかと,多くの国民が思っている。

今月から始まったNHK大河ドラマ「八重の桜」でこんなシーンがあった。江戸時代末期,黒船が来たとき。どうやって黒船に対抗するのか?大砲を日本の海岸線全体に配備するのか?佐久間象山の役者はこう語る。日本は海岸線だらけだ。とても追いつかない。ではどうするか。日本も黒船を作って対抗するのだ。「黒船を作れますか?」学びさえすれば,彼の国に出来て,日本にできないことはない。

日本に出来て,我が国に出来ないはずはない。そうやって,韓国や中国等,アジア諸国は日本を追い,いくつかの分野では日本を追い抜いた。電機分野はその中でもわかりやすい。携帯電話,スマホ,液晶テレビ等はその典型だ。

実は日本もかつてそうやって,欧米に追いつき,追い抜いてきた。電機産業や自動車産業。欧米はその環境の変化に対応するため,産業を「進化」させた。分かりやすい例はコンピュータ業界の巨人,IBM。ダウンサイジングが進み,一時は倒産の危機すら囁かれた。その後,同社は抜本的な改革を行い続けて危機を乗り越えた。パソコンの代名詞だったPC部門を中国に売却し,大きなシェアを誇っていたハードディスク部門を日本に売却した。「サービス」という,上位層分野にシフトさせ,有力なソフトウェアをもつ企業を買収し,オープンソースソフトウェア戦略を積極化させた。IBMの強みがどこにあるかを見極め,経営資源の取捨選択を鋭利に行った。

おそらくは,日本の電機メーカは「進化」が拙速であった。製造業における過去の成功体験が忘れられず,「夢よ再び」を夢見た。いずれまだた,日本の電機メーカが得意とするハードウェア技術で挽回できると。

米国はあるところから,ハードウェア産業はアジアにまかせ,ソフトウェアとネットワークサービスで稼ぐ産業構造にシフトするような進化を遂げた。

日本の製造業も,ハードウェアで稼ぐ構造からソフトウェアでも稼ぐ構造にシフトできればよかったかもしれない。日本のソフトウェア産業は,産業規模としてはおそらく,米国についで世界第二位だ。しかし,私は情報工学,特にソフトウェア分野を専門とする研究者であるが,私の目から見ると日本の産業界におけるソフトウェア分野の力は脆弱と言わざるを得ない。規模は大きいものの,「輸入」に頼っている。輸出できるソフトウェア技術,他国がrespectを持って輸入してくれるソフトウェア技術がほとんどない。喩えて言えば,国中に輸入住宅を建てまくっている状況だ。経済力はそれなりにあり,国中,至る所に立派な家は建っているが,それは全部,輸入技術によって作られた住宅群。

この脆弱性は最近になって判明してきたことではない。慧眼を持つ識者は1970年代から,日本のソフトウェア技術の脆弱性を指摘している。(例えば高橋秀俊 著「コンピュータへの道」,文藝春秋社,1979年)

追い込まれた状況でどのように進化するか。進化が遅れたツケは大きいとも言えるが,遅すぎるということはない。おそらく。国を挙げて真剣に取り組むべき課題だと思っている。