世界最大,ショクダイオオコンニャクの花 (2)その仕掛けはまるでミステリー小説のよう
昨日,筑波実験植物園で観てきたショクダイオオコンニャク(スマトラオオコンニャク)の花ですが,Wikipedia等で調べてみると,驚くべきことがわかりました。以下は,Wikipedia記述を参考とし、私が現物(開花の翌日)を見ての感想・考察を交えての記述です。
まずその外見ですが,一つの大きな花のように見えますが,それは見せかけで,仏炎苞(花びらのように見えるところ)の根元の上部に雄花の集合、下部に雌花の集合があります。(下部に雌花があることに注意)このような花の集合を花序と呼ぶそうです。そして花序先端の付属体から強い腐臭を発して,腐肉や獣糞で繁殖する,糞虫やシデムシ類といった甲虫によって花粉が媒介されます。開花後8時間ほどで悪臭の最高潮に達するとの事。私が観たのは,開花後2日目でしたが,臭いはほとんどしませんでした。
興味深いのはここから。
1.仏炎苞の奥から発せられる臭いによって集められた甲虫は,ロート上になっている仏炎苞に着地すると這い上がれずに転げ落ちて,中心の花序の部分に集められる。そこには雌花群がある。このときに,集まった甲虫に他のショクダイオオコンニャク個体の花粉が付いていれば,雌花に受粉する。
2.翌日になると,雌花の受粉機能は停止(!)し,今度は雄花群が花粉を出し始めて,花粉が甲虫の体に降りかかる。実験植物園で撮した写真のように,二日目には花弁のように見える仏炎苞は閉じ,甲虫を封じ込めて,花粉を確実に浴びせる。
3.しばらくすると,仏炎苞が枯死崩壊して,甲虫は脱出する。
4.脱出した甲虫(の一部)は,他のショクダイオオコンニャク個体に行って,また1を始める。つまり,a(n-1)からa(n)を計算するがごとく,あるいは,ベルトコンベアー式工場のごとく,虫を使って花粉を伝搬させる。受粉した雌花からは種子が出来,それが鳥などによって運ばれて,ショクダイオオコンニャクは繁殖すると考えられているのだそうです。
精巧なメカニズムを感じますね。まるでミステリーの謎解きのようです。一見するとばらばらの珍しい出来事には,すべて理由があったのです。
この植物は,何らかの理由で,7年に1回しか,花を咲かせず,受粉の機会が少ない。そのときに確実に受粉させたい。一つの個体中に雄花,雌花の集合があるのは,「並列処理効果」によって一度のチャンスの確率を上げるため。
個体が大きく,強い臭いを発するのは,数少ないチャンスを活かすため。より虫を集めやすいから。大きくない,強い臭いを発せられない個体は,繁殖できず,遺伝子を残せなかった。
臭いが腐臭であるのは,特化された腐臭に反応する虫のみを呼び寄せ,効率を良くするため。沢山の種類の虫を集めると,受粉時や花粉運びの際に効率が落ちる。より選択性が強い方が,できるだけ強い確度で花粉を運ばせるのに有利。
下に雌花があり,雌花,雄花の順番で機能するのは,複数個体間の受粉を効率的に行うため。まず集められた虫に付いた他個体の花粉を雌花が受け取り,受粉する。花弁(仏炎苞)がロート状の形であり,さらに,1日でしぼみ始める(閉じ始める)という動作を行うために,雄花が花粉を出し始めるまで,集められた虫は仏炎苞内に閉じ込められる。そして,仏炎苞は枯死崩壊することで,他のショクダイオオコンニャクの花に向けて虫を解き放つ。
二日間しか開花しないこと,そして,開花後8時間で強い臭いはピークに達して,その後,臭いは急速に薄れるのはおそらく,虫を集める時間と,仏炎苞が枯死崩壊するまでの時間のバランスによると思われます。虫を集めるために,臭いを出して開花している時間が長いと,花粉が出るまでに虫に逃げられたり,あるいは,仏炎苞が枯死崩壊するまでに時間が掛かりすぎて虫が死んでしまう確率が増す。逆にそれらが短いと,虫を十分に集められない。また,おそらくほぼ同じ時期に開花するであろうショクダイオオコンニャクの他の個体の開花期間に間に合わせるためには,虫を集めて,解き放つまでの一連のサイクルに要する時間は短い方がよい。
お見事です。自然が見出した,生き残るための「智恵」。さまざまな制約条件を満たすようにチューニングされた各種「パラメータ」。
これを書きながら思いを馳せましたが,すべての生き物の「パラメータ」は,悠久の時間を掛けて,このような制約条件問題を解いた末に決まっているのでしょう。偉大です,自然。
これまで私は,工学系研究者として人工物(コンピュータやソフトウェア)の作り方を長らく考えてきましたが,50に近い歳になって,自然の奥深さをしみじみと感じるようになりました。